プレス発表:平成25年3月4日

運動器不安定症患者およびその基礎疾患を有する患者に対する Hybrid Assistive Limb (HAL)装着による運動機能改善効果の探索的研究

 

ポイント

 
このたび、筑波大学医学医療系の研究グループ(江口清准教授)は、運動器不安定症患者およびその基礎疾患を有する患者に対しロボットスーツHALを用いたリハビリテーションを試みました。その結果、重篤な有害事象なく週2回16回(8週間)の歩行練習が実施可能であり、効果的なリハビリテーションを実施し得る可能性が示されました。
 

概要

 
本学システム情報系山海嘉之教授の下で開発された通称ロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb)は、コンピュータ制御下にヒトの運動意思に応じた動作の補助を行うことができる装着型ロボットです。HALによる動作支援技術は、脳卒中、脊髄損傷をはじめとする多くの疾患に対して、その治療的リハビリテーションとして応用できる可能性が期待されています。しかしながら、HAL装着による運動機能改善効果の定量的評価や、リハビリテーション医療においてHALを利用することの実行可能性についての検討はまだ十分とは言えない状況です。
そこで、我々の研究グループ(筑波大学医学医療系、最先端サイバニクス研究拠点)では、内閣府FIRSTプログラムの一環として、HALを利用したリハビリテーションの実行可能性とその効果を検討することを目的として、運動器不安定症患者およびその基礎疾患を有する患者に対し、HALを用いた歩行練習を中心としたリハビリテーションを実施し、有害事象の有無、歩行能力、バランス能力の変化について検討しました。その結果、38症例中32症例が8週間のHALを利用したリハビリテーションを完遂しました。中途脱落者は6症例ありましたが、医学的理由によるものは2症例、他の4症例は患者側の事情によりリハビリテーション継続が困難となった症例でした。医学的理由による2症例はいずれもHALを利用した動作訓練に直結する重篤な有害事象ではありませんでした。また、HALを用いた16回のリハビリテーション終了後、訓練開始前と比較し歩行能力、バランス能力が改善し、前者は統計学的に有意差が認められました。以上の研究成果からHALを利用した動作訓練が安全に実施可能であり、かつ効果的なリハビリテーションと成り得る可能性が示されました。
この研究成果はArchives of Physical Medicine and Rehabilitationオンライン版に掲載されました(2013年1月14日)。
 

研究の背景

近年、リハビリテーション分野においてロボット支援訓練機器の使用が試みられ、治療効果の向上や訓練期間の短縮、十分な訓練量の確保に役立つとされ、その効果が期待されています。リハビリテーション分野におけるロボット支援訓練機器は体幹を懸垂し下半身に装着した駆動装置によってトレッドミル上で歩行を再現するものや体幹を懸垂し装着した足板を前後上下に動かすことによって歩行様運動を再現するものなど多数の報告があります。しかし、その有用性については各々のロボット機器の特性、患者の疾病、重症度などが様々であり、確固たる結論に至っていないのが現状です。
本学システム情報系山海嘉之教授の下で開発された通称ロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb)は、コンピュータ制御下にヒトの運動意思に応じた動作の補助を行うことができる装着型ロボットです。HALは装具同様に身体の外に装着し、下肢に装着する部分は外側支柱を有し、股関節と膝関節の外側には角度センサーおよびアクチュエータ(モータ)などを内蔵するパワーユニット、足底部には床反力センサーが付属しています。HALはコンピュータ制御下に、大腿皮膚上の表面電極を介して捕える筋活動電位と角度センサーで捕える各々の股関節と膝関節の動き、および床反力センサーで捕える重心の動きにより、装着者の下肢が行う動作を検出しながら、その動作をアクチュエータで補助することが可能です。HALによる動作支援技術は、脳卒中、脊髄損傷をはじめとする多くの疾患に対して、その治療的リハビリテーションとして応用できる可能性が期待されています。HALによって運動機能が補助されるとともに、誘導された運動の感覚のフィードバックは中枢神経系の機能にも好ましい作用をもたらす可能性があると考えられ、また重症障害症例におけるリハビリテーションでは、介助者の負担が大きすぎて十分量の訓練量を確保できない場合にも、HALによる動作支援技術により、より充実したリハビリテーションが可能となる可能性があります。しかしながら、HAL装着による運動機能改善効果の定量的評価や、リハビリテーション医療においてHALを利用することの実行可能性についての検討はまだ十分とは言えない状況です。
そこで、我々は、HALを利用したリハビリテーションの実行可能性とその効果を検討することを目的として、HALを用いたリハビリテーションを実施し、有害事象の有無、歩行能力、バランス能力の変化について検討しました。対象は運動器不安定症患者およびその基礎疾患を有する患者とし(表1)、選択基準のすべてを満たし、除外基準のいずれにも該当しない男女としました。
訓練内容は1セッション約90分のHALを装着した状態での起立・着座動作、歩行を中心とした動作訓練を実施しました(コンピュータセットアップ、休憩、バイタルチェックを行うため、HALを用いた動作訓練はおよそ20~30分間程度)。主要評価項目は歩行能力、およびバランス能力とし、前者では10 mwalk testにより歩行速度、歩数、歩行率※1(cadence)を算出し、かつ3 m Timed Up and Go(TUG)testを実施し、後者に関しては14項目からなるBerg Balance Scale(BBS)を実施しました。また動作訓練中の有害事象を調査しました。これらの主要評価はリハビリテーション開始時と16回の訓練終了時に行われました。
本研究は、内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「健康長寿社会を支える最先端人支援技術研究プログラム」の支援により行われました。また、次世代医療研究開発・教育統合センター(CREIL)の支援を受けて、計画・実施されました。
 
 

参加患者リスト

参加者患者リスト
参加患者リスト2
 

成果の内容

 
38症例(男性25、女性13)中32症例(男性21、女性11)が16回のHALを利用したリハビリテーションを完遂しました。32人の患者の平均年齢は53.2 ± 17.3歳(18~81歳)であり、訓練を完遂可能であった患者と完遂困難であった患者(54.0 ± 19.8)間に年齢差はありませんでした。中途脱落者は6症例ありましたが、医学的理由によるものは2症例、他の4症例は患者側の事情により通院困難となった症例でした。医学的理由により中途脱落した2症例(腰痛、脊髄損傷痛)はいずれもHALを利用した動作訓練に直結する重篤な有害事象ではありませんでした。訓練を完遂した症例の中にも訓練期間中、自宅で膝痛を訴えた症例が2例認められましたが、いずれも数週間の休息後、訓練復帰を果たし16回の訓練を完遂することができました。
患者の歩行状態は32症例中3症例で自立歩行困難、2症例で重度な介助が必要であったため、5症例で評価不可能でした。27症例の患者において16回のHAL用いた動作訓練後、歩行速度、歩数、歩行率(cadence)が有意に改善し、改善の効果の大きさを示す効果量※2(effect size)はそれぞれ0.09 ± 0.11 m/s(d = 0.82)、3.0 ± 4.9 steps(d = 0.61)、6.8 ± 7.1 steps/min(d = 0.96)でした。歩行速度、歩数、歩行率が改善した症例はそれぞれ25症例、18症例、25症例であり、歩行速度と歩行率が低下したのは2症例でした。歩数に関しては、8症例で変化なく、1症例で増加(悪化)を示しました。TUG(n = 26)とBBS(n = 32)は16回の終了後改善を示しましたが、統計学的有意差は認められませんでした。TUGは26症例中21症例で訓練終了後改善を示しましたが、5症例で遅くなり、BBSは32症例中19症例でスコアが改善しましたが、不変者は6症例、減少者は7症例でした。
以上の研究成果からHALを利用した動作訓練が安全に実施可能であり、かつ効果的なリハビリテーションと成り得る可能性が示されました。
 
 

歩行速度の変化

歩行速度の変化
 

今後の予定

 
本研究により運動器不安定症およびその基礎疾患を有する患者に対して、HALを用いた動作訓練が重篤な有害事象を発生することなく、かつ効果的なリハビリテーションと成り得る可能性が示されましたが、本研究デザインは比較対照群を用いない前後比較介入研究であるため、今後は純粋なHALの訓練効果を調査するために、比較対照群(通常リハビリテーション)を用いた更なる追加研究が必要であると考えます。
 

用語の解説

 
※1 歩行率(cadence):単位時間当たりの歩数であり、本研究ではsteps/minで表記しました。
※2 効果量(effect size):効果の大きさを表す指標であり、一般的に効果量の目安は0.2が比較的小さく、0.5が中等度、0.8以上は大きいと解釈されています。
 

掲載論文

 
題名:Feasibility of Rehabilitation Training With a Newly Developed Wearable Robot for Patients With Limited Mobility
著者:Shigeki Kubota,Yoshio Nakata, Kiyoshi Eguchi, Hiroaki Kawamoto, Kiyotaka Kamibayashi, Masataka Sakane, Yoshiyuki Sankai, Naoyuki Ochiai
ジャーナル名:Archives of Physical Medicine and Rehabilitation [Epub ahead of print]
発行日:2013年1月14日
 

関連情報

▽ 運動器不安定症患者およびその基礎疾患を有する患者に対するHybrid Assistive Limb(HAL)装着による運動機能改善効果の探索的研究
UMIN試験ID:UMIN000002969
責任研究者:江口 清
実施責任組織:筑波大学医学医療系
https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&type=summary&recptno=R000003582&language=J
 
▽ 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)最先端サイバニクス研究拠点
http://www.first.ccr.tsukuba.ac.jp/
 
▽ 筑波大学次世代医療研究開発・教育統合センター(CREIL)
http://www.md.tsukuba.ac.jp/CREIL/
 

問い合わせ先
江口 清(えぐち きよし)
筑波大学医学医療系 附属病院リハビリテーション部 准教授
E-mail: kyeguchi@md.tsukuba.ac.jp